この記事の目次
進撃の巨人100話『宣戦布告』のあらすじ
マガトとヴィリーは「宣戦布告」イベント前に、固い握手を交わす。
パラディ島の襲撃計画を予測し、逆に利用する算段を立てていた。
ヴィリーが巨人大戦の真実を明かすその裏で、ライナーは自身の罪を、エレンは自分の考えを告げる。
ヴィリーの「パラディ島敵勢力への宣戦布告」と重なるように、エレンもまた「オレは進み続ける」とライナーに語る。
そして、エレンがついに巨人化。ヴィリーを殺し、世界の要人が集う会場にその姿を現す。
進撃の巨人100話『宣戦布告』で発生した伏線・謎
残された謎
進撃の巨人100話『宣戦布告』で解決した伏線・謎
進撃の巨人100話『宣戦布告』の表現・対比
進撃の巨人100話『宣戦布告』の考察・解説
進撃の巨人100話『宣戦布告』の考察・解説動画
サブタイトル『宣戦布告』の意味
ヴィリーがパラディ島に宣戦布告する。
エレンが世界に宣戦布告する。
関連進撃全話のサブタイトルの意味を考察
ポイント
今回の第100話「宣戦布告」は、第99話「疾しき影」とセットで読むことをおすすめします。ライナーとエレンの会話やヴィリーの演説などが両話にまたがって描かれているためです。
記念すべき第100話ということもあり、特に力を入れて描かれた芸術的な回となっています。会話劇としても、物語全体におけるメッセージとしても非常に重要な回です。じっくりと見ていきましょう!
重なる3人の描写たち
エレン、ライナー、ヴィリーの3人は、それぞれ大義名分を持って動いています。そして、どうにもできない境遇に直面し「生まれてこなければよかった」と思ったこともあります。しかし、生まれながらにして求めるものがあるため、「進み続ける」という共通点があります。
それぞれの「大義」
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ライナーはマーレ国という『世界』を救うため、壁内へ入った。
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ヴィリーは『世界』を救うため、パラディ島を攻め入る。
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エレンは仲間を救うために、地鳴らしを行う。
「生まれてこなければ…」

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
ヴィリーも演説の中で「生まれてこなければよかった」と語っています。さらに、自分自身もエルディア人でありながら「エルディア人の滅亡を願った」とも述べています。
※これは安楽死計画の伏線となっています。
エレンも16巻66話「願い」で「もう辛いんだよ、生きていたって!!」と泣き叫ぶシーンがあります。
それでも進み続ける

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
苦悩しながらも、3人はそれぞれ進み続けています。それは、生まれながらにして求めるものがあるからこそです。
ライナーは一度、死を選ぼうとしましたが、ファルコに命を救われました。そして、自分にはガビやファルコたちがいること、家族や後世など守るべき存在があることを認識し、守る役目があると自覚して前に進むことを選びました。
ヴィリーはマーレ国を裏で操る存在であり、軍国主義やエルディア人の迫害を黙認してきました。それには罪悪感も伴っていたでしょう。そして、ヴィリーの世代になってパラディ島を滅ぼす役割が与えられます。多くの犠牲が出ることも承知していましたし、世界を滅ぼす可能性のある重すぎる操舵輪を「握りたくなかった」と逃げたい意思も示していました。しかし、「私は生きたい!なぜなら私がこの世に生まれてきてしまったからです!」と宣言します。
エレンは仲間のために、そして自由のためにレベリオ襲撃を計画し、進み続けます。この「進み続ける」という言葉は、もともと訓練兵時代にライナーがエレンに語った言葉でした。ライナーに対してエレンは「オレは進み続ける」と語りますが、それは皮肉ではなく本心からの言葉でしょう。
ライナーの心境
怯え

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
11巻46話「開口」にて、ライナーとベルトルトがエレンを連れ去ろうとした際、エレンは怒りを込めて「お前らができるだけ苦しんで死ぬように努力するよ」と言い放ちました。
そのため、エレンがわざわざマーレ国に赴いたのはその復讐のためだろうと責められ、怯えているのではないかと考えられます。
裁いて欲しい
ここで第99話「疾しき影」の冒頭シーンが響いてきます。ベルトルトが開拓地で首を吊ったおじさんの話をする場面です(詳細は24巻96話「希望の扉」)。
ベルトルトは「誰かに裁いてほしかったんじゃないかな」と語り、その言葉に重なるように、エレンとライナーが対峙するシーンへと移ります。
この描写は、ライナーもまた誰かに裁いてほしかったのだ、という目線で受け取ることができます。
孤独

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
罪悪感に苛まれ、自分は生きていていいのかと悩んでいたライナーに対し、エレンは「お前…ずっと苦しかっただろ」「今のオレにはそれがわかると思う…」と語りかけます。この言葉がライナーにとってどれほど救いになったか、想像に難くありません。
ライナーは、自分の行いは歴史や環境、教育のせいではなく、自分自身の考えが原因だと認めます。マルセルが食われた後に始祖奪還作戦を実行したのは保身もあったものの、「自分のせいだ」と断言しました。
つまり、自分の意思で、自分が始めた物語が招いた結果に責任を負おうとしているのです。どんな大義名分があろうとも、誰かを救うために人を殺すことは許されない行為です。英雄になりたいと願ったライナーは、理想とは違う人物になってしまったのです。
さらに、その苦悩が誰にも理解されないという孤独も辛いものです。ライナーはパラディ島では兵士として振る舞い、成績も優秀で仲間たちから慕われていました。
しかし、始祖奪還作戦に失敗しマーレに帰国した後は、マーレの戦士としての役割を果たさなければなりませんでした。同じ調査兵団として心を通わせていたベルトルトは亡くなり、苦悩を分かち合う仲間はもういません。それほどの苦しみから、死を選ぼうとしたのも理解できます。
また、ガビが「私なら理解できる」と言いますが、パラディ島の人間は悪魔だと信じている彼女には、ライナーの苦しみを完全に理解することはできません。ガビの寄り添う気持ちはありがたいものの、逆にライナーの孤独を強調する場面でもあります。
そんなライナーに、「加害者」の苦しみを理解できる存在としてエレンが現れたのです。だからこそ、ライナーは涙を流したのだと考えられます。
エレンの心境

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
ライナーが「復讐に来たのでは…」と怯えると、エレンは照れくさそうに「あぁ、言ったけ?そんなこと」と返します。これはいわゆる黒歴史的な発言であり、恥ずかしそうにしている様子が伺えます。こうした言動は、エレンの本心を表していると思われます。
当時のエレンの発言は、壁の外の世界を知らなかった「幼い自分の考え」でした。そして、「壁の外も壁の中も同じだが、自分の目的のために攻撃しなければならなかった。それは仕方のない行為だった」と語ります。ここでエレンは「オレとお前は同じだ」という心情を伝えているのです。
エレンという人物はすでに、「元のエレン」と「過去の継承者たちの記憶」が混ざり合った存在です。人格は記憶や経験から形成されるため、それは不可逆的であり、以前のエレンとは異なっていることになります。例えるなら、以前のエレンが「赤色」、他の継承者が「青色」ならば、現在のエレンは「紫色」のような人物である、というイメージです。
このように、エレンとライナーはお互いの「自責」の感情に共感していたのだと思います。ライナーの「俺が悪いんだ」という責任転嫁せずに「自分が悪い」と認める姿勢は、当時のエレンも同じように感じていたでしょう。この言葉によって、エレン自身も孤独ではないと感じたのではないでしょうか。
エレンの「お前と同じ」の意味

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
エレンの「仕方なかった」という発言は、一見すると高圧的で非難しているようにも受け取れますが、エレンの心情を理解するとそうではないことがわかります。ここで、エレンの気持ちの変化を振り返ってみましょう。
最初は、「巨人を許さない!」
そして、「裏切ったライナーも許さない!」
しかし、壁の外の人々も同じように普通の人間で、それぞれ目的があると気づきます。
それでもなお、行動を続ける決意を持つようになります。
次に、ライナーに焦点を当てて振り返ります。
「ライナーを許さない!」という思いから、
多くの犠牲を出しても進むことを選ぶ(ライナーと同じ苦しみを背負うことを選ぶ)。
この辛さはライナーも同じだろう、という共感へと変わります。
つまり、エレンもライナーも「自分で自分の背中を押す者が見る地獄」を共有している、そこに強い重なり合いがあるのです。
エレンのヴィリーに対する思い

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
エレンの諦め

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
ライナーやヴィリーを非難せずに話を聞いているエレン。その姿から見えてくるのは「諦め」という感情です。
「進撃の巨人」の世界は非常に残酷であり、戦わなければ勝てず、奪われる前に奪わなければならない世界です。エレンはそうした現実を深く理解している人物です。
相手側にも事情があり、彼らが攻撃するのは何かを得るためであり、こちらが攻撃するのもまた何かを得るためである──そういった世界の構造や定めに対し、エレンは「諦め」を抱いています。
ここで「諦め」という言葉について考えてみましょう。語源をたどると「つまびらかにする」、つまり「いろいろ観察しまとめて真相をはっきりさせる」という意味があります。
また仏教用語のsatya(サティア)の訳語でもあり、「真実」「真理」「悟り」を指します。
つまり、「明らかにすること=諦めること」と言えるのです。
ベルトルトの心境と重なる

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
この時のエレンの心境に似ているのが、ウォール・マリア奪還作戦時のベルトルトです。19巻78話「光臨」では、ベルトルトがわざわざアルミンたちと対話を試みます。
結果としてその対話は破綻してしまいますが、その心境はエレンがライナーに会いに行った時と同じようなものであったと考えられます。
ベルトルトもモノローグで「全部仕方なかった。だってこの世界はこんなにも残酷だから」と語っています。
つまり、「仕方ない」と理解しながらも、それでも「選択」をしたのだということです。
エレンは何を考えていたのか?
今回のレベリオ襲撃という「目的達成」において、エレンとライナーが対話する必要はない、という前提を押さえておくと見え方が変わってきます。
単純にマーレの軍を潰すことが目的であれば、集まった時点で即座に攻撃すればよかったはずですし、ライナーを隔離するなら別の方法もあったでしょう。ましてや、ファルコを連れてくる必要もありませんでした。
また、エレンはライナーに対して「聞けよ」と言い、ヴィリーの演説を一緒に聞いていましたが、その必要もなかったはずです。パラディ島への宣戦布告を待たずに攻撃することもできたのです。
では、なぜエレンはわざわざライナーに会いに来たのか、その理由を見ていきましょう。
明らかにする為

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
エレンは何をしに来たのか?それは「諦めに来た」、つまり物事の真実を明らかにしにライナーと会ったのです。
たとえば、昔の人が雨に怒っていたとしましょう。なぜ怒るかというと、なぜ雨が降るのか理解できていなかったからです。しかし、水蒸気を含んだ空気が雲になり、やがて雨が降るという一連の仕組みを理解すれば、やがて諦めが生まれます。この場合の諦めは、ネガティブなものではありません。
エレンはライナーに対して「オレにはわからなかったんだ」「どうしてだ、ライナー」と問いかけます。
過去にもエレンはアニに「どんな大義があって人を殺せた?」と問いかけていました。エレンは彼らがなぜ多くの人を殺し、仲間を裏切ったのか、理解できなかったのです。
しかし、「進撃の巨人」の力を得て継承者たちの記憶を見たエレンは、以前のエレンとは違います。ライナーと対話することで、より深く理解し、共感しました。
そしてエレンは、「世界はそういうものなんだ…仕方ないよな、ライナー」という心境に至ったのです。
エレンの「選択」

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
壁の外側も内側も同じだと理解したエレンは、地鳴らしを起こしてすべての自由を奪う側に回ることを選択します。なぜなら、エレンは生まれながらにして自由を求める人間だったからです。

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
ライナーに会うことで覚悟を決める
自分の自由の代償を他人が負うことを知りつつも、エレンは進み続けます。ライナーと会うことで、「進み続ける意思」をさらに強く固める決意をしたとも解釈できます。
地鳴らしは多くの民間人を巻き込む大規模な虐殺ですが、エレンはこれを覚悟するために精神的なジャンプが必要だったのかもしれません。
エレンがライナーに手を差し伸べるシーンは、過去のリフレインでもあります。24巻第97話「手から手へ」では、落ち込むエレンをライナーが励ます場面がありましたが、今回はエレンがライナーに手を差し伸べています。そしてその際のエレンの一言は「進み続ける」でした。
※この手を取り合うシーンは、ヴィリーの演説にある「これから手を取り合う世界」との対比や皮肉としても考えられます。
違う見方をすると…

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
エレンがライナーと会った理由について、別の見方をするのも面白いです。もしライナーが「オレのせいじゃない!環境のせいだ!」とエレンに言っていたら、エレンも同じように責任を転嫁して気持ちが楽になったかもしれません。つまり、そうした言葉を求めていた面もあったのかもしれません。
しかし、その後のエレンの姿を見ると、地鳴らしを遂行することに迷いと苦悩を抱えていることがわかります。エレンは「仕方なく大虐殺をするしかないんだ…」という気持ちを誰かに理解してほしいという思いを抱えているように感じられます。
ところが、ライナーが「俺のせいだ!」と懺悔する姿を目の当たりにし、エレンはすべての責任を自分のものとして受け入れ、自らの物語を進める覚悟を決めたのかもしれません。
なぜファルコを同席させた?

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
ファルコに会話を聞かせた理由については、第99話「疾しき影」でも考察しましたが、物語が進むにつれて別の側面も見えてきます。それはエレンなりの教育的な意図があったのではないかということです。
エレンはかつて、海の向こう側の人々をすべて敵であり、自分たちを侵略する悪魔と考えていました。ライナーたちも同様に、「教育(環境や歴史)」によって、壁内の人々を悪魔だと教えられていたのです。
しかし、エレンは「進撃の巨人の能力」を得て過去の継承者の記憶を見たことや、実際にマーレ国へ行ったことで、その認識が間違いであったと気づきました。無知による不自由をなくすために、ファルコに真実を伝えたのではないかと考えられます。
あるいは、ファルコに「世界を滅ぼす悪者」という印象を植え付ける目的もあったのかもしれません。エレン自身、「ヴィリー・タイバーの言う通り、世界を滅ぼしてしまうかもしれない」と語っています。
また、ファルコにエレン・イェーガーがレベリオを襲撃した証言者の役割を担わせる意図もあったと考えられます。
ヴィリーとマガトとの会話
2人の会話の内容を見ていきましょう。
それぞれの目的

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
- ヴィリー:マーレ国、エルディア人を救いたい
- マガト:マーレ国の存続・再建
これを2人は目的としています。移動中に怪しい人影がありますが、おそらくはパラディ島勢力の協力者かと思われます。アニメでは真っ黒のスーツではないので他にも可能性はありそうです。
2人が想定している敵

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
パラディ島勢力 + 協力者 →それ以外の国の可能性もあり? 敵の攻撃を知りつつも…
・一箇所に幹部をまとめておく→無能な幹部が犠牲になることで軍の再建を図る
・ヴィリータイバーが演説する→敵をおびき寄せる、マーレ国のエルディア人が犠牲者
さらには共通の敵を設定することで他国と協力関係を結ぶことができる、というのが大きいでしょう。
自由と代償
22巻第88話「進撃の巨人」にてグリシャが「これが自由の代償だとわかっていたなら払わなかった」というセリフがあります。生まれながらに置かれた環境や理不尽な状況から打開するためにエルディア復権派に入り、自由を求め行動したグリシャ。
ライナーにファルコの言葉が刺さる

引用:『進撃の巨人』(諫山創、講談社)
過去を振り返ると、ファルコの言葉がライナーを苦しめている辛さが見えてきます。訓練兵時代のエレンもライナーを尊敬していましたが、騙されていたのです。このファルコの言葉はエレンだけでなく、ライナーにも深く刺さっていることがわかります。
24巻の解説動画でもお伝えしたように、ライナー、エレン、ファルコには「進撃する意思」が受け継がれているように感じられます。そして、「エレンを裏切ったライナー」と「ファルコを裏切ったエレン」が似た関係として描かれているのです。
悪魔の末裔と悪魔
エルディア人は「悪魔の末裔」と呼ばれています。これはベルトルトがアルミンの挑発に対して発した言葉であり、マーレ国では常識となっている表現です。
マガトやヴィリーも「我々は悪魔に違いない」と語っていますが、これは誰かが犠牲になることを知りつつも、自分たちの目的を遂行する姿勢が「悪魔」であることを意味しています。
エレンがファルコに語った「オレは世界を滅ぼす悪者」という発言とも重なるものです。
「悪魔」については別動画で詳しく解説しています。
アニメ解説記事でもっと詳しく
アニメの対応話数はファイナルシーズンPart1-5(64話)「宣戦布告」です。こちらの記事でも詳しく解説しています。
進撃の巨人100話『宣戦布告』の感想・ネタバレ
進撃の巨人100話『宣戦布告』の感想動画
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