映画『英国王のスピーチ』感想解説レビュー【吃音症の王様の実話】

こんにちは、タキ(@kaisetsuya)です。

今回解説するのは第83回アカデミー賞を受賞した映画「英国王のスピーチ」。

今回話す内容は

  • ネタバレなしのあらすじ、紹介
  • ネタバレありの考察、感想

です。

イギリスの王様という「高貴な歴史的人物」の、挫折と成長が分かる一作です。

動画もあります↓

映画『英国王のスピーチ』のあらすじ・実話(ネタバレなし)

『英国王のスピーチ』のあらすじ

吃音に悩まされていたイギリス王のジョージ6世と、その治療をしていた平民である言語療法士ローグの友情を描いた物語です。
吃音症とは「喋ろうとしてもどもってしまったり、言葉が出ない」症状のことですね。

『英国王のスピーチ』は実話です

実はこれ、史実をもとに描かれています。

脚本家のデヴィッド・サイドラーは自らも吃音症で苦しんでいた人です。

彼はイギリスの王様ジョージ6世も同じ吃音症の悩みを持っていること、ある平民との友情の末、吃音症を克服してスピーチしていたことを知り、彼らの歴史について調べていました。

その期間なんとも30年でして、今回ついに映画化されて、アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞などの主要な賞を受賞しました。

イギリスの王様の仕事

では、何故これがわざわざ物語化されたのか?

英国王のスピーチというタイトルの通り、イギリスの王様というのはスピーチ、国民に言葉で語りかけるというのが大事な仕事なのです。

その彼が吃音症というのは、彼個人にとっても国全体にとっても大変な問題だったんですよね。

 

特に、このジョージ6世が生きていた時代は第2次世界対戦直前なので、ラジオが国民への情報伝達として重要な時代です。

イギリス国内のみならず、イギリスの占領下の国含めて、国内外の一般家庭、多くの人々が「王様の言葉を家に集まり静かに聞いていた」時代なんですよ。

更には、ヒトラーが世界征服を始めようとしていた時期でもあります。

ヒトラーといえば、何も持たない状態から「その演説、スピーチ」の力によって、人気を得ていった人物でもあります。

最初から人気があるが、スピーチの力がないジョージ6世とはまさに真逆。

ジョージ6世とヒトラー、まさに対となる存在なんですよね。

物語の山場

そんなジョージ6世が、

  • ドイツとの戦争開始のタイミングで、国民を鼓舞できるスピーチが出来るのか?
  • 強力なリーダーシップで人々を引っ張れるのか?

というのが物語後半の山場となっています。

これ以降はネタバレありで、作品について語りますのでご注意ください。

  • ジャンプのような「友情、努力、勝利」的な誰もが胸熱くなる展開
  • 言語療法士、セラピストである平民ローグとのバディ感、友情
  • 明かされる彼の過去とトラウマ描写

などについて話していきます。

映画『英国王のスピーチ』解説レビュー(ネタバレ)

それでは、ネタバレありで作品を考察しつつ語っていきます。

明かされるジョージ6世の過去とトラウマ描写

まず、ジョージ6世の「吃音症」は実は病気ではなくて、彼の心の傷、精神的な傷が問題なんですよね。

その傷を直したのがセラピストであるローグ。

最初は自分のことを頑なに語らなかったジョージ6世は、ローグに心を許し、自己開示をしていきます。

その結果わかったことは彼の「高貴なもの、責任ある人物」ゆえの悲惨な過去。

 

兄や周囲に吃音のことを昔からバカにされていましたよね。

ジョージ6世は家族の間では親しみを込めてバーティーと呼ばれています。

そして、兄は大人になった現在でも「ババババーティー」と呼ばれていた。

これ、完全に馬鹿にしています。

 

王子として生きてきた彼の不自由さを表すエピソードとしては、

  • 左利きを右利きに直すためにギブスをつけて矯正させられた
  • X脚を治すために、金属をつけて矯正させられた

という2つ。

本来あるべき姿を抑制されていた彼の過去がよーくわかります。

 

プラモデルもいじらせてもらえなかったと語っていましたね。

そんなプラモデルを大人になった今、対等な関係のローグの前でいじる描写は「彼が幼児に戻った」「着飾ったジョージ6世」ではなくバーティーとして語る姿と重なり、切ないシーン。

 

乳母からも虐待を受けていたことも発覚します。

兄のほうが気に入られていたために、つねって、食事をもらえない。

3歳くらいの幼少期、自分よりも何倍も大きく、生殺与奪権を握る大人にそんなことをされて彼がどれだけ辛かったことか。

これがある意味自分の声をあげられなかったという現状とも重なります。

そんな彼が、歌や音楽に乗せて、自分の声でその事実を語れたところはなんとも感動的。

 

そしてもう一つ、父親の影響、抑圧。

ジョージ6世が「1シリング銀貨」を持ち歩かなかったのは、王族だからという理由だけでありません。

「父親の顔」がその銀貨に掘られていたから。

常に父親の監視下にある、そんな抑制された気持ちが彼にはあったのでしょう。

父が死んだ後もなお、その1シリング銀貨の影に怯えるジョージ6世に対して「父上はもういない」と呪いを解くローグ。

 

ずっと彼が一人で胸の中に抱えていた思い、呪いは、この時ようやく開放されたのです。

言語聴覚士のローグとジョージ6世の友情と実話

そんな彼に対等な関係で接したのが、言語聴覚士のローグ。

実は彼、ずっと「ドクター」と自分を名乗っていなかった。

ジョージ6世と同等でいるためなのかと思いきや、それだけではなかった。

実は彼は研修経験も資格もない人物だった。

 

ローグが序盤で、演劇のオーディションに行っていた伏線がここで回収されます。

つまり彼は「演じていた」のですよね。

これノンフィクションで起こった事実ということが衝撃的。

まさに事実は小説より奇なりを地で行く展開。

 

そんなローグは最初からジョージ6世に対して対等な存在であろうとしました。

  • 他の患者同様に診察を受けにこさせる。
  • 家族と同じ呼び名「バーティー」と予備、自分のこともライオネルと呼ばせようとする。
  • タバコを吸おうとすると、寿命が縮まると咎める。

最初こそ「お茶すら断る」ほど警戒していたジョージ6世も、彼の前でアルコールを飲むほど、心を許します。

極めつけは、クライマックス直前の「王様としての国民に向けた初スピーチ」で、ローグを同席させてくれと言ったシーン。

「ローグの席は王族とともに」という発言がありました。

これはジョージ6世がローグを認めたということでもありますし、「家族だけが呼ぶ愛称のバーティー」という言葉に意味が伴った、火が灯った瞬間でもあります。

 

そんなローグは一度だけ、失敗しましたね。

その失敗とは「ジョージ6世に対して、あなたが王をやるべきだ」と強要したこと。

これは「単なる押しつけ」ではないんですよね。

もう一度振り返るとジョージ6世を過去からしばりつづけてきたのは「お前はこうあるべきだ。偉大であるべきだ」という「べき論」ですよね。

そしてそれをジョージの過去を知るローグが再び強要してしまった。

他の人々がやっていたことをローグも誤ってやってしまったのです。

 

これがフィクションではなく、ノンフィクションっぽいところ。

普通、マスターたる人物は「完全無欠」であるのが、物語の常ですが、現実はそうは甘くなかったのです。

これが作品に「逆にリアリティ」をもたらしているな、とも感じます。

「友情、努力、勝利」的な王道展開

このようにジョージ6世が「友情」を得て、吃音症を治す努力を続けて、最後のスピーチで成功、つまり勝利を得るというのがこの話の結末。

少年ジャンプさながらの「友情、努力、勝利」の王道展開に胸が熱くなります。

この感動は、それまでの失敗があったからこそ。

この映画では、数々の絶望的な失敗と、最後の成功の対比が素晴らしかった。

 

映画冒頭でのスピーチを聞いた人々はなんともいえない顔で、うつむき、どんよりした空気になっていましたよね。

更には王になった直後の側近たちに対する宣言のスピーチも失敗。

ちなみにここ、歴代の王たちがこちらを見ているようなカメラワークから感じる「過去から受け継がれてきた王家の責任の重さ」を感じる非常にうまい演出でした。

この失敗の直後、ジョージ6世は、「なにかの間違いだ。僕は王じゃない。 海軍士官でしかない。」と語っています。

これと対比される言葉が、ローグが王座に座り、挑発した直後に出た発言ですね。

「I have a Voice」

「私には王としての声がある」

この迫力。

この覚醒。

名実ともに王になった、王になることを受け入れた瞬間でした。

 

そして最後、映画タイトルの「英国のスピーチ」はまさに大成功。

部屋を出て、徐々に拍手が増していく。

そして、窓を開けて、国民全体に受け入れられる瞬間。

これぞまさに勝利。

「友情、努力、勝利」の王道すぎる、勝利で最高でした。

映画『英国王のスピーチ』感想【吃音症の王と我々の関係】

最後に個人的な感想です。

これって「言いたいことが言えない」人にとって救われる話だよな、と思いました。

吃音症のように、具体的に言葉が出ない人だけでなく、自分で思ったことを話せない、言えない状況にある人へと届く映画です。

 

自分の言葉で話せない原因はなにか?

それはジョージ6世のように、過去のトラウマかもしれないし、周囲の環境かもしれない。

あるいは、自分の言葉を話すことで起きる予測不能な未来への恐怖かも知れない。

いずれにせよ解決策の一つは、「自分の言葉を取り戻す」こと。

それが、新たな自分に繋がるのだ、ということをこの映画は語りかけているように思います。

 

まとめ:映画『英国王のスピーチ』レビュー

以上で、作品の紹介、考察、感想は終わりです

最後に、この映画が気に入った方は、次の2作品を見てみると良いかも。

一つは、「ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋」。

ジョージ6世の兄の話。

「離婚歴ある人妻と恋に落ちて、王位を捨てた国王」ですね。

ぶっちゃけ完成度としては、そこそこな映画なのですが、「英国王のスピーチ」の補完というか、もう一つ裏で起こっていた物語として見ると楽しめます。

 

もう1作は「キングスマン」です。

ジョージ6世役をやった俳優コリン・ファースの第2の出世作です。

こちらはヒューマンドラマ要素が全く無い、痛快な新時代のスパイ映画。

純粋にエンターテイメントとして、よくできた作品です(個人的にはかなり好きな映画ですね)

 

以上、英国王のスピーチに関する解説でした。

By タキ(@kaisetsuya)