【進撃の巨人】アニメ92話「心臓を捧げよ」考察・感想【ファイナルシーズン4期33話 | 完結編後編】

襲い来る“戦鎚の巨人”や“顎の巨人”の集団を相手に戦い続けるライナーとピーク。ふたりの援護を受けながら、ジャンはダイナマイトでエレンのうなじを起爆するための機会をうかがっていた。一方、ファルコたちはアルミンを捕獲した“オカピの巨人”を追跡するが、無尽蔵に現れる“九つの巨人たち”によって逆にミカサが追い込まれてしまう。仲間の危機を察知したアルミンは、動けないながらも今の自分にできることをしようと“道”を介してジークとの対話を試みる。彼が語ったエレン、ミカサとの他愛もない思い出話は、すべてを諦めていたジークの心境を少しずつ変化させていき……。
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エレンの首チーム

調査兵団は二手に別れて行動します。ジャン・ライナー・ピークは地鳴らしを止めるため、エレンの首の爆破を試みます。

ライナーの奮闘

ライナーは敵の攻撃を引き付ける役を買って出ます。漫画137話「巨人」では「戦鎚の巨人」が3体ほど見えただけでしたが、アニメ「完結編(後編)」では10体以上描かれています。

「鎧の巨人」のアクションも見どころの一つです。諫山先生は格闘技が好きなので、巨人同士の肉弾戦は過去に何度も描かれていました。今回のアニメでは、さまざまな武器を持つ「戦鎚の巨人」との戦闘シーンが新鮮でした。

ライナーは「戦鎚の巨人」の剣・槍・鎌の攻撃をいなしながら反撃します。短刀の攻撃を手のひらで受け止める場面では、貫通しているにも関わらず、ひるまないで攻撃を続けます。我慢強いライナーならではの戦い方です。

「車力の巨人」の戦闘

アニメ62話「希望の扉」にて、マーレ軍人が「車力の巨人は持続力が高い」と解説していました。長時間の巨人化に耐えるだけと思いきや、何度も巨人化可能という特性もあると判明します。その性能を活かして、相手の巨人のうなじを食いちぎり自身の巨人化を解除、そしてすぐにまた巨人化して攻撃するという捨て身の戦法で戦いました。

ジャンとピーク

2人で行動中のジャンとピークには因縁があります。ジャンはウォール・マリア奪還作戦のときに、ライナーを奪ったピークを恨んでいます。またピークの方も、アニメ66話「強襲」内のレベリオ襲撃時にて、ジャンに雷槍で殺されかけました。恨みも因縁もある2人が、過去を水に流して協力する姿が良かったです。

ジャンがピークの演説を無視して突っ込むシーンも、シリアスなラストバトル中の、数少ないコメディリリーフでした。ピークが駆け下りるアニメシーンは、声がついたことでコミカルさが増しました。

アルミン救出チーム

ミカサ・コニー・アニは、アルミンをオカピ巨人から取り返すために動きます。

ミカサとアニの戦闘(対比表現)

アニメ25話「壁」にて、ミカサは「女型の巨人」の手を切り落として逃走を止めます。一方、今回は「女型の巨人」のその手がミカサを助けます。

同じくアニメ25話では、ミカサはエレン巨人に投げられることで移動時間を短縮していましたが、今回のミカサは「女型の巨人」の手にアンカーを刺して投げられていました。

アッカーマンの戦闘(対比表現)

アニメ22話「敗者達」では、リヴァイが「女型の巨人」の頬を割いてエレンを取り戻します。今回は、ミカサがオカピ巨人の頬を切り裂いて、アルミンを取り戻します。

「道」のアルミン

オカピ巨人に連れ去られたアルミンは「道」に囚われます。

アルミンの自己評価の低さ

引用:「進撃の巨人」The Final Season完結編(後編)

「道」に囚われたアルミンが泣きながら自分のことを蔑むシーン。その泣き声にやるせなさを感じますし、本気で絶望している感じが伝わります。実はこれ、アルミン役の井上さんが実際に座って演技をしているらしいです。

アルミンが自分に絶望したのは今回が初めてではありません。アニメ6話「少女が見た世界」でも、仲間の死に直面した時に「この役立たず!死んじまえ!」と嘆いていました。今回も「起きろ!役立たず!」と嘆いています。団長という責任も相まって、より苦しいことでしょう。

ちなみに、この場面で出る「ゲス野郎」は一種のメタ発言。ブログ「現在進行中の黒歴史」で、諫山先生自身が「ゲスなアルミン=ゲスミン」と言っていて、ファンにはお馴染みの表現です。

考えるアルミン

アルミンは幼少期から自己評価が低いです。それでも自分を信じてくれるエレンやミカサがいたから頑張ってこられました。

アニメ10話「応える」では、エレンの言葉によって「自分が勝手に無力で足手まといな存在と思い込んでいるだけ」と気付いて奮起していました。

一方、今回は誰の手も借りず、自分自身の力で立ち直りました。「ベルトルトから貰った命も、エルヴィンやハンジから貰った期待や責任も、何も果たしていないじゃないか」と自己卑下した後に「まだできることがある」と自分に言い聞かせて立ち上がります。アルミンの成長が見て取れますね。

エレンは「戦え…戦え」と自分を鼓舞していましたが、アルミンの方も「考えろ、考えろ!」と自身に語ります。そして、アルミンの武器である「対話」によって、ジークを説得し、状況を打開していきます。

「道」のジーク

無気力なジーク

「ここは道だ」と気づいたアルミンが振り返ると、囚われていたジークが砂いじりをしていました。エレンに裏切られ、クサヴァーさんと約束した安楽死計画も破綻になり、もはや人生における目的と生きる意味を見失ったジーク。ジーク役の子安さんの無力さを表現した演技で、彼の心情が伝わります。

ジークの思想

アルミンに話しかけるジークの発言から、彼の思想も垣間見えます。

「種を存続させることが君にとってそんなに大事なのか ? 今起きていることは恐怖に支配された生命の惨状と言える。まったく無意味な生命活動がもたらした恐怖の…」

「なぜ負けちゃダメなんだ ? 生きているということは、いずれ死ぬということだろう ? 」

「安楽死計画」に行き着くことも納得なジークの死生観です。

アルミンとジークのやり取り

引用:「進撃の巨人」The Final Season完結編(後編)

アルミンはジークの価値観に対して、違った角度から問いかけます。生きることそれ自体に、その瞬間に、価値は見出せないのかと。

そして砂に埋もれた「葉っぱ」を拾い上げると、場面は幼馴染3人の回想に移ります。丘の木に向かってかけっこをしている風景。それを思い出したアルミンは「何でもない一瞬がすごく大切な気がして…」と語ります。

一方ジークには、アルミンが持つ「葉っぱ」がクサヴァーさんとキャッチボールをした「あのボール」に見えています。

この場面は、無意味なかけっこ、その行為そのものに価値があるのではないか?と問いているようです。例えば、徒競走ならその達成に価値がありそうですし、野球の試合なら勝利に価値がありそうです。一方で、かけっこやキャッチボールは、何かを達成するためのものではないけど、その行為そのものに価値があるように思えます。

アルミンの言葉を聞いたジークは、キャッチボールという行為それ自体を楽しんでいたことを思い出します。クサヴァーさんと過ごしたその思い出だけは、否定しようがないものでした。

「道」の神秘

引用:「進撃の巨人」The Final Season完結編(後編)

アルミンにとっての「葉っぱ」は、ジーク視点では「ボール」に見えました。相手にとって大切なものが、自分にとっても大切なものに見えたのです。この現象を通じて「(自分と同じように)相手にも大切なものがある」とジークは気づきます。

そもそもキャッチボールという行為自体が、他者との関係性や流れがあるから成立する、いわば心の交流です。ジークには元々そう感じる素質があったといえるでしょう。

また、アニメの演出も注目です。アルミンのかけっこの夕暮れと、ジークのキャッチボールの夕暮れ。2つの映像の色味が共通しているため、2人の「大切なもの」が同じであるかのように、我々は無意識に感じます。

アルミンの果たした役割

アルミンの一番の武器は対話・話し合いです。ジークだけでなく、ミュラー長官と対峙した際も「話し合い」で解決していました。

また、アニメ78話「兄と弟」で、負傷兵エレンがジークのボールを落とすのと対になるように、アルミンは葉っぱ(ボール)を拾ってジークに渡します。

ジークが葉っぱ(ボール)を受け取った直後、クサヴァーさんたち前任者が登場します。「繋がり」によって物語は前に進み、ジークは主体的に前任者たちに協力を仰ぎます。

生きること

ブログ「現在進行中の黒歴史」で諫山先生が「生きること」について話しています。

必要のないことをやる行為には反生物的な美意識を感じる。

生命維持や種の繁殖といった全生物に組み込まれた命令に背く行為だからです。

これに逆らうことで自分が有機物で作られた機械ではないことを証明し自分の中にある魂というものの存在が確認できると思います。

ジークとアルミンのやり取りと重なる部分がありますよね。

また、映画「ソウルフル・ワールド」でジークとアルミンのやりとりに似た場面があります。この映画の公開時期は2020年12月。アニメの当該シーンの原作にあたる137話「巨人」は2021年2月9日に掲載されています。諫山先生がネームを書いている時に、参考にした可能性もあります。

「生命」シーンのアニメと漫画の違い

漫画とアニメの微妙な違いがありました。

ジークが「それを生命と呼ぶ」と発言する際、漫画では「地球・DNAの螺旋構造・カンブリア紀・光るムカデ」が描かれていますが、アニメでは「光るムカデ」の誕生描写が目立ちます。

またアニメでは「それが…始祖ユミル」「『ここが死の存在しない世界』…」というセリフが、アルミンからジークのものに変更されていました。

他にも過去の継承者の登場シーンにも微妙な差があります。漫画では継承者の目が描かれていませんでしたが、アニメでは目に光が灯り表情も豊かです。始祖ユミルに操られず、自らの意思を取り戻した死者たち、と感じさせる表現です。

地鳴らしの被害描写の変更点

被害描写のタイミング

漫画134話「絶望の淵にて」の地鳴らし被害描写は、アニメ完結編(前編)に入るはずでしたが、アニメ完結編(後編)のアルミンとジークの対話の直前に描かれていました。

場所の違い

漫画では3カ国描かれていました。

  • マーレ国
  • イギリスらしき国(ロンドン橋)
  • ヒィズル国(東洋の国)

アニメでは、より広い世界の様子が追加されました。ターバンを付ける人々。動物が逃げている描写。歴史的な建造物があるアジアの国など。

人も動物も関係なく、地鳴らしの被害を受けていることが分かります。寒さや暑さも巨人には関係なく、地鳴らしは続く。世界のどこにも逃げ場は無いのです。

生と死の対比

地鳴らしで踏み潰される人々の「死」と、赤子の「生」が対比的に描かれているのが赤子リレーです。

地鳴らしによる死の描写が続く中、赤子を抱く母親にフォーカスが当たります。母親は崖から転落する直前に、わずかな可能性にかけて赤子を後ろの人へ託します。絶望的な状況の中でも、人々は赤子を後ろへと回していき、その命を繋ぎます。次世代の希望である赤子を本能的に守ろうとする姿に胸を打たれます。

このシーンが描かれる箇所は漫画とアニメで違います。アニメでは、ジークとアルミンの会話の前に描かれているため、ジークが言う通り「増えようとする生物の本能」として、赤子を救う行為を捉えられます。一方、アルミンとジークの会話の中で「生きることそのもの」も肯定されていまるため、本能的な振る舞いだとしても、その価値は損なわれていないとも言えます。

また、赤子を助け出そうとする描写は過去にもありました。諫山先生がストーリーボードを書いたアニメシーズン2のエンディング映像でも、迫りくる巨人から赤子を逃がそうとする人々の姿が描かれています。死が迫る絶望の中でも、赤子だけは助けようとする場面は「生と死」の対比的なイメージとして前から考えていたのでしょう。

アニメオリジナル演出

引用:「進撃の巨人」The Final Season完結編(後編)

漫画にはなかったアニメオリジナルの演出が赤子の色使いです。このシーンは全体がモノクロで描かれていましたが、親子だけに色が付いています。

アニメスタッフが参考にしたのは映画「シンドラーのリスト」でしょう。全編通じてモノクロの作中で、ある一人の少女だけが赤色(のコート)で描かれているシーンは有名です。戦争にまつわる話であり、生と死のメタファーである点も通じています。

ちなみにNHK総合「100カメ」によると、赤子の泣き声はエレン役の梶裕貴さんのお子さんのものらしいです。進撃の巨人のテーマの一つである「継承」を意識してとのことです。

協力した巨人たちの総力戦

ジークの説得によって、過去に登場した巨人が協力する熱い展開が続きます。

協力した顎の巨人3体

引用:TVアニメ「進撃の巨人」The Final Season完結編(後編)

  • マルセル・ガリアード
  • ポルコ・ガリアード
  • 104期生ユミル

ライナーたちを襲っていたマルセル・ポルコの「顎の巨人」は自我を取り戻し、歴代の9つの巨人と戦います。

104期生ユミルの「顎の巨人」も戦いに参加。アニメ37話「叫び」で、ユミル巨人がライナーとベルトルトを無垢の巨人から救ったシーンとも重なります。

進撃の巨人2体

  • エレン・クルーガー(フクロウ)
  • グリシャ・イェーガー

クルーガーとグリシャの2人も戦闘に参加。アニメ79話「未来の記憶」にて、エレンがグリシャに言った「使命を果たすんだ、死んでも死んだ後も…」という発言の通りですね。まさにクルーガーもグリシャも死後にも進撃を続け、使命を果たしたのです。

獣の巨人

引用:「進撃の巨人」The Final Season完結編(後編)

「羊型」の獣の巨人として加勢したのはジークの前任者のトム・クサヴァーです。アニメ74話「唯一の救い」のアニメオリジナルシーンでは、クサヴァーさんの回想内に羊のぬいぐるみが描かれていました。クサヴァーさんが「羊型」の獣の巨人であると示唆しています。

羊の巨人の戦い方は突進攻撃が主なのでしょう。弱点であるうなじがガラ空きになり、かなりリスキーです。角も届いていないようで、やはり戦闘に不向きな巨人に思います。

超大型巨人

アルミンの前任者ベルトルト・フーバーの「超大型巨人」も、自我を取り戻して戦闘に参加します。進撃を象徴する「ラスボス的な存在」が仲間になる胸熱展開です。

ベルトルトにとって意中の人であるアニを救ったことも、二人の関係を思うと胸に来るシーンでした。